2009年08月16日

某ドラッグストアにて



昨日の夜、偶然見かけました。とてもキレイに乗っており、夜でも輝いていました。
先日の会議で、オールドヴィンテージカーを展示したレストランみたいな施設をやりたいと話していたばかりで、当然この車のことも話題になりました。
オールドヴィンテージカーにお乗りの方は是非大切にしてやってください。
また、万が一手放さなければいけない時は是非ブロスへご相談ください。

倉庫や車庫にあるけど動かしていないという方は、ブロスに預けてください。保管は備前舘公園前のバックヤードにていたします。
メンテナンスもばっちりやります。不動車にはしたくありません。
たくさん並べてみたいです。

2代目 S310型系(1962年-1970年) [編集]
ダットサン・フェアレディ(2代目)
S310型
SP310型

SP310型(リア)


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メーカー {{{メーカー}}}
親会社 {{{親会社}}}
製造国 {{{製造国}}}
製造期間 1962年-1970年
設計統括 {{{設計統括}}}
デザイナー {{{デザイナー}}}
乗車定員 3 / 2名
ボディタイプ コンバーチブル
ハイブリッド
エンジン 直列4気筒 2.0/1.6/1.5L
モーター
最高出力/トルク {{{最高出力/トルク}}}
最高出力 {{{最高出力}}}
最大トルク {{{最大トルク}}}
変速機 5速MT/4速MT
駆動方式 FR
サスペンション F:ウイッシュボーン
R:半楕円リーフ
全長x全幅x全高 {{{全長x全幅x全高}}}
全長 3,910mm
全幅 1,495mm
全高 1,300mm
最低地上高 {{{最低地上高}}}
ホイールベース 2,280mm
車両重量 910kg
乾燥重量 {{{乾燥重量}}}
総重量 {{{総重量}}}
最大積載量 {{{最大積載量}}}
燃料タンク容量 {{{燃料タンク容量}}}
燃費 {{{燃費}}}
ブレーキ F:ディスク
R:ドラム
最高速度 205km/h(フェアレディ2000)
別名 {{{別名}}}
先代
後継 日産・フェアレディZ
姉妹車/OEM
車台共有車
同クラスの車 {{{同クラス}}}
-自動車のスペック表-
高速化を鑑み、小径ホイール、低床フレームの採用で低重心化を図り、エンジンも連続高回転運転を考慮したものに変更された。


フェアレディ1500 [編集]
SP / SPL310型

1961年(昭和36年)10月 東京モーターショーに「ダットサン・フェアレディ1500」として展示。シャ-シはやはりダットサン・トラックの流用であるが、前後のサスペンション支持部の間にX型の補強メンバーが追加され、一段と剛性が高められた。このメンバーはシルビアを含むS310型系の大きな特徴でもある
1962年10月 輸出用のDATSUN 1500(SPL310)に加え、日本国内向けモデルのフェアレディ1500(SP310)発表。直列4気筒 G型エンジン(71PS/5000rpm)を搭載。
左向きの後部座席が備わる3人乗りであった。
1963年5月 「第1回日本グランプリ」国内スポーツカーB2クラス(1300~2500cc)にて輸出仕様キャブレターを搭載するフェアレディ1500(田原源一郎がドライブ)が優勝を飾る。
1963年6月 日本GPでの活躍を受け、SUツインキャブを装着し出力が80ps/5600rpmへ向上。
1964年3月 レーシングキット発売。
1964年8月 マイナーチェンジで2シーターに変更。

フェアレディ1600 [編集]
SP / SPL311型

1965年5月 「フェアレディ1600」(SP311型)発売。直列4気筒OHV R型エンジン(1595cc 90ps/6000rpm)を搭載。
4月に発売された「シルビア」とエンジン、トランスミッション、シャシなどを同一とした。
1966年3月 「第4回クラブマンレース」(日本グランプリの前座試合)に直列6気筒DOHC B680X型エンジン(1992cc 190ps/7600rpm)を搭載するフェアレディSが参戦し、ポールポジションを獲得したがリタイア(優勝は同じく初参戦のトヨタ・RTX=後の1600GT)。また、GT IIクラスではフェアレディ1600が優勝を飾る。
1966年11月 「第2回富士ツーリスト・トロフィー・レース」GT-I~Vクラスにて「フェアレディ1600」が総合6位、クラス優勝を飾る。

フェアレディ2000 [編集]
SR / SRL311型

1967年3月 「フェアレディ1600」に追加されるかたちで「フェアレディ2000」(SR311型)発売。
直列4気筒SOHC U20型エンジン(1982cc 145ps/6000rpm)と、ポルシェタイプシンクロを持った5速トランスミッションを搭載、発表された最高速度は205km/hであり、国産初の200km/hオーバーカーとなった。
「フェアレディ」の完成形と後に賞賛されるモデルとなる。ちなみにテレビコマーシャルは杉山登志らが制作し、数々の賞を受賞した。
1967年5月 「第4回日本グランプリ」GTクラスにてフェアレディ2000が1-2-3フィニッシュを飾る。
1967年11月 ウインドシールドスクリーンを高くし、日本車初のコラプシブルステアリングシャフトの採用、ダッシュパッドやヘッドレストの追加、シートベルトの3点化、ドアハンドル、スイッチ、リアビューミラーなど突起物の変更で北米の安全基準(Motor Vehicle Safty Standard)に準拠。趣味の上では、3月から10月までのモデルは「ロースクリーン」、11月以降のものは「ハイスクリーン」と呼ばれ、区別されている。
1968年1月 第37回モンテカルロ・ラリーに、カーナンバー66(Hannu Mikkola / Anssi Jarvi組)と、同じく70(Jorma Lusenius / Vihervaara組)の2台の「ロースクリーン」タイプのワークスSPL311で初出場。カーバッジはDATSUN 2000。FR車は圧倒的に不利と言われるモンテ・カルロで、カーナンバー66のミッコラ / ジャルビ組が総合9位、グループ3クラス優勝を飾る。
1968年5月 「第5回日本グランプリ」GTクラスにて「フェアレディ2000」が1-2-3フィニッシュを飾る。
1968年7月 SP / SR共に、ソフトトップを持たない、ハードトップモデルを追加。
1968年8月 「第3回富士ツーリスト・トロフィー・レース」GTS-Ⅱクラスにて「フェアレディ2000」が優勝を飾る。
1968年11月 ステアリングギアボックス、マフラー、ワイパー、ライセンスプレートランプ、テールランプなどを変更。
1969年1月 第38回モンテカルロ・ラリーに出場。カーナンバー79(Raimo Kossila / Pertti Mannonen組)と、同44(Risto Virtapuro / Charles Lindholm組)の二台の「ハイスクリーン」タイプのSPL311でエントリー。
1969年10月 「第6回日本グランプリ」GTクラスにて「フェアレディ2000」が優勝を飾る。
1969年 後継車種「S30型系フェアレディZ」を発表。
1970年生産終了。


  

Posted by ブロス郡山 at 17:12Comments(0)スタッフの日常・・・

2009年08月16日

DUBトライク



ブロスはなんでも取扱いします。



ノーヘルOK!!

  

Posted by ブロス郡山 at 12:02Comments(0)スタッフの日常・・・

2009年08月16日

◇上山市街◇

今朝の上山温泉はミンミン蝉の大合唱です(^O^)
  

Posted by ブロス郡山 at 09:19Comments(0)スタッフの休日・・・